ひらめきダイアリー

ルームセラピストのつぶやき日記です。

きりこ LOVE

こんにちは! ルームセラピスト 美間 凛です。

 

友人と体験教室に行ってきました。

江戸切子なので、それらしい図柄を。。。と考えていたところ、

違ったテイストの見本を友人が見つけました。

「この麦の柄、やってみて」というので、やってみることにしました。

 

見よう見まねで下絵を描き、その線に沿って削っていきます。

作業はちょっとしたグラスアートで、まるで作家気分です。

幾何学模様とは違う作業となり、線を伸ばしたり、カーブした線を描いたりしましたが、この作業はミシンで布を縫う作業に似ていました。

 

この体験を面白がっているうちに、静かに創作意欲にスイッチが入り、グラスに描きながらも、次はお皿に絵を描いてみたいと考えていました。今を愉しみながら未来を思い描く。。。これ、ルームセラピーそのものですね。心の中の引き出しが一つ開いた気がしました。

 

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器が必要になったら、ただ買うのではなく、作りに行くのもいいですね。

 

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サンドプラストを作った時は、モチーフを貼り付けましたが、こんな絵を切子で描けたら楽しいなって思います。

 

そして、必要な方に必要な作品を届けられる作家でありたいと思いました。

 

軽く放牧

みなさま おはようございます!ルームセラピスト 美間 凛です。

 

夏休みを利用して、友人宅を訪問することになりました。

Short tripです。

 

いつも通りに過ごし、何もしていない私を観ていた息子が

「荷造りはしないのか?」と訊ねました。

 

確かに、そろそろ準備をしなくちゃ・・・?

でも、何を?

なんて、ふと思いながらも「すぐにできるから大丈夫」と答えました。

 

いざ作業に取り掛かると、ちっとおも思いつかない。

なんでだろう?と思いたながら、こんなもんかな~と思えるものをポンポンとスカーレット(私のスーツケース)の上に乗っけて眠りにつきました。目覚めてから、すぐに準備して、つい先ほど終えたのですが。その時に気付いたことがありました。

 

持ち物が少なかったからなのでした。

そんなに必要がないから準備ができない=しなくてよかったのでした。

旅立つ準備はすぐにできるように日常生活の中に織り込まれており、定位置にあるものを詰め込んだら終わるのです。しかも、何でもあるところに出かける場合、足りなければ現地で調達すればいいので、あれこれ持っていく必要もないのです。

 

そんな風に過ごしていたことを思い出しました。

 

いいことに気が付いたところで、「ザ・シークレット」のDVDを詰め込みました。友人宅でルームセラピーと合わせたプチ講座を開催します。

 

軽~く、緩~く、過ごしてこようと思います。

 

馬が休息のために放牧されるのと同じで、私も放牧が必要なようです。

 

放牧は手ぶらか、お荷物少なめがいいですね。

Open arms!

こんばんは! ルームセラピスト 美間 凛です。

 

前回のブログで、名前を名乗る持ち物のお話を書いたところ、もう一つ意思表示をしたものがあったので、今回はそのことについて書きます。

 

「ネイビーちゃんと呼んで!」ということと、「おんぶして連れてって」ということでした。

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このトートは、リュックサックのように背負うこともできるように作られている優れものです。とある番組で紹介されていた時に、その発想のよさにひかれていました。そして何より、素材が軽いということでした。ジョイント部分に金具を使っていないのと、革が薄く作られている分軽いのです。実際に持った感触は、ふわっとしたものでした。これぞ、理想の重さ!と嬉しくなって、購入したのを思い出しました。

 

買った時は、リュックで使うことはあまり想定していませんでした。

 

子供の頃のランドセルがかなり重たかったことがトラウマなのでしょうか?それとも、子育て中の荷物が重たかったことがトラウマなのでしょうか?あまりリュックを持ちたいとは思っていませんでした。それにこの夏は暑いので、背中が暑く感じるのも嫌だな・・・なんて考えていましたが。。。。

 

このバッグと出かける時は、ほぼ毎回リュックにしています。

そうすると、両手が空きます。空いた手には日傘を持つことができます。邪魔に感じていた日傘を邪魔だと思わなくなったのです。

 

両手を開けて、肩の位置を正しい位置に保てたら、重心もカラダの真ん中に来るので、正しい姿勢を保つことができます。一般的に荷物を背負うと前かがみになりますが、軽いとそうはなりません。といいますか、ならないようにできるのです。これもまた、手軽にできるエクササイズですね。

 

そして、ネイビーちゃんと呼んで、背負っていたら、赤ちゃんをおんぶした気分になるのが不思議です。これを愛着というのかもしれませんね。

 

さあ、両手の広げ方がわかったとことで、次はその両手で何をつかみましょう?

 

両手を広げて、宇宙空間で地球を抱えているイメージをしてみたら、どこかからあの懐かしいメロディが聞こえてきます。

 

「Open arms」

 

旅立つ準備は整ったようです。

 

 

 

マリア  のおかげ。

こんばんは! ルームセラピスト 美間 凛です。

「持ち物のメッセージが分かるセラピストです」というキャッチコピーを付けたほうがいいのだろうか?と思う出来事がありました。

 

私は持ち物に名前を付ける習慣はありません。しかし、小さいほうのスーツケースがやってきたとき「スカーレット」と名乗ったので、それ以来スーツケースをスカーレットと呼んでいます。このスーツケースを名前で呼んだとしても、ほかの持ち物が名乗ることもなかったし、順番に名前を付けようとは思いませんでした。なんで、コイツだけ名乗っているんだ?ぐらいにしか思いませんでしたが、名前を名乗って満足だったのか、機嫌よく部屋の隅っこでお出かけの時を待っています。

 

それから日にちは随分経過したのですが、ほんの二日前だったでしょうか。またしても同じ出来事に遭遇しました。それは、買った後体調不良と雨続きだったので、しまい込んでいたパンプスをはいた時でした。

 

”マリア”と聞こえました。

 

確かに、マリア様の外套のようにブルー系です。

 

役割を持ったマリアはとてもご機嫌で、「東京についていってあげるよ」と言います。

来週末友人を訪ねていくことになっていることを知っているようでした。

 

なんだか楽に足にフィットしているな~と思っていたら、「ほらね♪」とご機嫌よさそうです。

 

持ち物のメッセージに気が付いて、喜ぶ場所に移動させたとき、いいことが起こります。自分の事は試したことはないのですが、このアドバイスを素直に実行された方は、望む仕事にご縁ができて忙しくなられます。

 

こういう経験を持つことで、必要なアドバイスを求める人が不思議なご縁で集まってきます。そして不思議と、皆さんいい方向に向かっていくんですよね。

 

マリアと仕事に出かけた日、ステップアップしていく同僚にキリスト教徒かと思ったと言われました。その言葉に、祝詞も多少は言え、般若心経も言えるけど、やっぱり賛美歌が好き!と楽しそうに答えた自分がいました。自分が好きなものを素直に語ることを長い間忘れていたように思います。だって、好きな食べ物を聴かれて、即答できないことがあったんです。よく考えてみるものでもないのにですよ。おかしなことですね。

でも、マリアのおかげで少しずつブロックが外れています。

 

おかしな理由付けして、チャレンジしないことを止める時がきたようです。

 

夢の種まきお手伝いしようかな。

 

そんな風に思っています。

 

お米の国のやさしいごはん

こんばんは! ルームセラピスト 美間 凛です。

 

今夜は、珍しくブログネタです。

私が時々行くお店のお話です。

 

10年以上前のことになるでしょうか。何気なく見つけたそのお店は、さんちかの裏通りにありました。カウンターとテーブル席が二つあったように記憶しています。当時としてはベトナム料理は珍しく。どんなご飯が食べられるのかしら?と好奇心で入ったのが始まりでした。

 

その店の名前は、「タン・カフェ」といいます。

 

今では2店舗目もオープンするほど大きくなっていますが、最初はとってもこじんまりしたスタートでした。お米の麺のフォーは、スープが美味しくて、ほかの店では味わえない癒し感があるので、疲れたら時々顔を出すことが行動パターンに加わりました。

 

プレートランチには、少しずつのおかずとミニフォー、生春巻きがついています。私はこのおかずで運試しをするのが好きです。面白いことに、大抵、食べたいな~と思っている素材であったり、味付けのおかずが一品含まれています。中でも、ベトナム風の豚の角煮はレモングラスの風味がしてとても美味しいのですが、めったにプレートには乗ってきません。それゆえ、運試しとなるわけです。この味付けが私にピッタリ合うのは、きっとハーブが大好きだからかもしれません。

 

お店に行くと、店員さんはみなさん「お帰りなさい」と言って出迎えてくれます。日本人よりも温かみのある接客は、忘れ去っていた大切なものを思い出させてくれます。そして、このお店のランチタイムを選んだ自分をこっそり褒めるのです。

 

なかなか自分を褒めることはないので、程よい褒め具合です。

 

そして、感謝です。感謝の連鎖が起こります。私がお店に顔を出す日は、大抵混雑しているか、後で混み始めるかのどちらかです。混んでいてもお店に入らないということはなく、待っていたかのようにひとり座れる場所が必ず用意されているのです。不思議なものですね。

 

ブログネタではありませんが、本当にちょうどいいお店ですね。

 

そして、シアワセ気分でお腹いっぱいになるのでした。

よどみなく話せることはなんですか?

こんばんは! ルームセラピスト 美間 凛です。

 

台風が日本に近付いてきている今夜、お声がかかったある会に参加してきました。

気のいい人たちの集まりで、堅苦しくなくて、言いたいことを言って笑う。。。の繰り返しで時間が過ぎていきました。

 

職場のつながりの人に、ルームセラピーのことを語るのも、名刺を渡すのもあまりしませんしが、日本語サポーターのことがあったからでしょうか?ワタシにしては珍しく、ボランティアを始めたことを語ったり、需要があるのでやってみませんか?などとお話を持って行ってみたりしたついでに、ルームセラピーの名刺を何人かに渡していることに気が付きました。

 

なんなんでしょう?ただなんとなくそうしたほうがいいように思えた自然の流れでできてしまっていました。

 

実際に、日本語サポーターのボランティアの話は、本当に需要がありますが人材不足です。国の背策として取り組んで頂きたい内容ですが、各自治体任せの、ボランティア頼みで運用されています。民間の善意でつなぐ国際交流といった現状です。そういうことについても、何年も携わったかのようによどみなく話すことができている自分に驚きました。

 

もちろん、始めた頃は遠慮がちに話していたルームセラピーのことも、よどみなく簡潔にお話しできるようになっていることに気が付きました。

 

ほんとうにするべきこと、伝えるべきことは、よどみなく語ることができるもんなんだなあと実感しました。

 

 この一連の行動を思い返して、思い出したことがあります。自身のビジネスについて語ることができない経営者がいるという実態を書かれたニュースのことでした。なぜそんなことがニュースになるのか?と考えましたが、それは、理由もなく本心で語れることがないからなのかもしれないということです。利益や実績を追い求める過程で語れるようになったことと、それを後回しに本質を語ることとの違いかもしれません。自分の置かれている立場や、やっていることへの疑問が出てきたとき、人は立ち止まり、無言になってしまいます。これでいいのかな?なんて考えながら、本質なんて語れませんよね。今夜の私って、フィルターなしでそこにいたのかもしれません。

 

いい発見ができたところで、月食の日を迎えようと思います。

 

心のお部屋のお片付けです。

 

きっといいことがあるはずです。

I'm healer? I'm hear!

こんばんは! ルームセラピスト 美間 凛です。

 

暑い日が続き、我が家のわんこもバテ気味な毎日を過ごしています。

ダブルコートなので、暑い夏は大変。

高齢なので、ちょっと動くと大変。

でも、野生の本能があるので、「私は元気よ!」となんでもない顔をして過ごしています。しゃべらないのでよくわかりませんが、しゃべれたら聴きたいことがたくさんあります。

 

昨夜、立ち上がるときに少し後ろ脚がおかしかったことと、すり足で歩いているように見えたので、大丈夫かな?と思っていたのですが。。。。

 

そんな今夜、散歩に出かけるときは元気いっぱいで出かけたのに、帰ってきたら玄関先の石段が登れなくなっていたというのです。おやまあ・・・です。

確かに、よろよろです。

 

昨夜は、トイレに行った後、なぜかしら私のところにやってきて、頭に手を置いてとか、とにかくレイキをねだるようなしぐさで動こうとはしませんでした。

時々こういうことがあるので、何とも思っていなかったのですが、今夜は少し違いました。

 

家の中では夫にくっつきまわって動くのに、今夜は散歩からもどってからは動こうとしません。よっぽどしんどいのでしょうか?私の足の上に尻尾を乗っけて、安心してぐったり寝込んでいます。

 

そういえば、今日は帰宅途中から足がだるくて仕方がなかったので、きっと近くに足のだるい人がいると思っていたのですが、どうやらうちのわんこさんだったようです。

それに気づいて、癒してあげたら、私のあしのだるさはす~っと消えました。

 

誰かを癒して疲れるのではなく、誰かを癒して楽になるという体験をしました。

 

ヒーラーって、誰かの何かを引き受けてしんどくなるイメージを持っていましたが、実は違うんだよということを学んだ気がしました。

 

やるべきこと、進むべき方向が少し見えた気がしました。

 

子供たちは犬に育てられたと思ってきましたが、私も同じですね。